いつか朝日が昇るまで

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できない子をできるようにする~「シラバス論」出版記念講演会を聞いて思ったこと

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12月8日に芦田先生の出版記念講演会があったので、そこに申し込んで出席してきました。本は当日購入する予定でしたので中身はこれから読むところです。中身を読んでからブログを書こうと思ったのですが、せっかく講演会に行ったので、講演会の話の中で特に自分にも関係していることで考えさせられました。その紹介になります。

あと個人的には中西先生にも会いたくてやっと会えました。しかも同い年でした。最後にかっこいい中西先生のお写真も載せております。

 

シラバス論:大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について

シラバス論:大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について

 

 

前著、「努力する人間になってはいけない」について

じつは私はかなりツイッターを始めたぐらいの時から知っていて、講演会など参加しようと思いつつも全然できていなかったんですよね。ちょうど長男が生まれるぐらいの時でツイート探してたらありました。

つまり8年越し(笑)。なんとか会えたのは本当に良かったです。長かったなあ。もっと早く会える機会があったはずなのに…。それで当然ではありますが、前作も読んでおります。

 

www.gerge0725.work

「努力」というのは良いものとされているのですが、実際には努力しても成果が出ないって最悪なことなんですよね。でもそういう人に限って「努力しています」となってしまう。努力は目的ではなく、あくまでも手段なのですが、努力してもうまく行かなければ努力の仕方を変える必要があるわけです。

 

 

努力する人間になってはいけない―学校と仕事と社会の新人論

努力する人間になってはいけない―学校と仕事と社会の新人論

 

 

本間先生VS芦田先生

この本にも掲載されていますが、本間先生との対談が載っているんですね。それで芦田先生は大幅加筆をしておりますので、本間先生には反論の機会が与えられたわけです(笑)。でも本間先生の話はとても面白かったです。

本当に話がお上手で本もたくさん出されていて、確かに先生の授業は楽しいだろうなと思った次第です。

ただ自分も教育関係に携わっているので思うのですが、アクティブラーニングが手抜きとして行われてないかなと思うことがあるんです。教員が教えなくて済むということですね。アクティブラーニングはどう評価するかがやっぱり難しいなと思うんですよね。

ただ私は本間先生の本を読んでいないので、あまり失礼なことは言えません。本間先生のご著書も購入して研究したいと思います。それにしても「平成ジャンプ」は面白かったなあ(笑)。ちなみに本の中で本間先生は芦田先生をブロックしているとのことだったのですが、今もしているのかな。しているんでしょうね(笑)。

できない子をできるようにするにはどうすればいいか

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自分もできない子たちを教えることが多くて、今の教室もそうなっているわけですが、「学習障害が…」と言われることもありますが、実際に教えてみると「えっ?できるじゃん」ということが多いんですよね。

義務教育は本来、最低限のことをできるようにすべきだと思うのですが、小学校ですでに躓いてしまっているので、中学生では本当に悲惨な状態になっています。結局、小学校の内容に戻って学習する必要があるわけです。

コマシラバスを見ると、コマごとでやるべきことが明記されていますし、参考文献はページ数まで記されているんですね。そして復習すべき内容も載っています。それなら学生も勉強するとおっしゃっていましたが、それは大事だなと思ったんですね。

小学生も同じで、「自分はやってもできない」と考えている子どもにはすごく頑張ることはできませんが、ちょっとなら頑張れるんですね。それでそのちょっとの頑張りが、その先につながっているように見せてあげることは、とても大事だと思っています。

「これくらいなら俺にもできる」ということと「それがこの先に自分に役に立つ」ということを繋げること。自分はなかなかできていないなと思っています。最近の教育は明るく楽しくが目的のようになってしまい、その成果が測定されません。

楽しいのは結果であって目的ではないのですが、楽しくないとダメとなってしまうと、楽しくないことはやらなくていいという発想になるんですよね。しかし、世の中、楽しくないことばかり(笑)。

正直なところ、できる子たちは何をやらせてもできるんです。でもできない子たちはどうするんだろう。その子たちは置き去りにされていないだろうか。いつも勉強を教えていてそういうことを思ってしまいます。

できない子たちはやっぱり「できる」を積み重ねて、「分かる」になるだろうなと思います。芦田先生も「覚えておきなさい」ではダメと言っていましたが、「覚えられたら苦労しないよ」と彼らは答えますよね。

「考えなさい」もそうです。「いや、僕たちは考えてますけど」と答えます。彼らに必要なのは、具体的にどう考えるのかを教えてあげることなんですね。まずは「できる」ことを増やすべく、考え方を教え…などど長い道のりを歩んでいますが、それだけではダメだなあと。それがどうその先につながっているのかしっかり見せられないと。

そんなことを考えているところです。まずは芦田先生の本を読まないといかんですね。

 

シラバス論:大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について

シラバス論:大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について

 

 

若い時にできることは勉強すること

最近、ツイッターでもあったのですが、中学生が金儲けの勉強するという話がありました。正直、びっくりしたんですよね。金儲けって社会人になってからできるではないですか。勉強って社会人になってからするのは相当大変ですよね。

生徒や学生は勉強していても怒られない身分なんですよ。こんな待遇の人はいないですよ。なぜそれを捨ててまで、大人になってもできる金儲けの勉強をするんだろうと思うんですよね。

自分も大学院博士課程まで進学していますから、それなりに古典も読んだんですよね。それで自分がずっと考えていたことと同じことが、そこに書かれていたことの衝撃は凄いものがありますよ。

それは自分が凄いわけではなく、先人たちが凄いわけですが、古典を読むと先人の知恵に触れることができます。今私たちが生きている世界は未来が本当に分からない社会です。今、出ている世界の予想は全部間違えるかもしれません。

でも人間がどんな世界でも生きていけるためには、知識はとても重要です。そしてそれをどうやって手に入れるかの手段も大切です。私は大学ではそうした手段を手に入れられなかったですが、大学院に行って初めて、知識を学ぶ方法を知りました。

具体的にはどうやって本を読むかなのですが、これまで全然本が読めていなかったと分かって衝撃的でした。知識を学ぶだけでなく、それを学んでいくプロセスもまた社会に出た時に役立ちます。

どんなに社会が変わっていこうとも、社会を構成するのは人間であるということは変わりません。そうであるならば、「社会がどうなるか」予想するよりも、これまでの人間の知恵を学んだほうが、これから社会がどのように変化しても対応できるのではないかと思うのです。

かつて中村勘三郎「型があって初めて型破り。型がなければただの型無しだ」と言っていましたけど、学校教育でしっかりと型を身につけなければ、ただの「型無し」たちが溢れる社会になってしまうなと思うんです。

そしてできる人は型をしっかり学んでいますから、その差が歴然とするわけです。そうなると、もう学校に行っても階級の逆転現象は起きないわけですね。自分がやっている教室は民間ですから、そこにお金を払ってこられる人しか来ていません。

それでも学校の勉強についていけない子が来るわけですから、塾にも行っていない子はどのレベルなのかと心配になります。これ以上は本を読んでから書きます(笑)。

 

シラバス論:大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について

シラバス論:大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について

 

 

まとめ

今回は念願の生の芦田先生に会いまして、名刺まで交換できました。芦田先生は65歳なので、まだまだ生きるはずですので、これからも何度かお会いしたいなあと思うところです。

それで私がもう一人会いたかった先生。そうです、中西先生です。大変素敵な写真を掲載させていただきまして、このブログの記事も終了いたします。芦田先生、中西先生、またよろしくお願いいたします!!

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