いつか朝日が昇るまで

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「えっ?本気でそんな発言しているの?」歳をとると右傾化するのかという問題

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私の父親は70歳なのですが、だんだんと右傾化してくるんですね。それで実は我が弟も右傾化しておりまして、なかなか困ったことではあります。父親の方がまああまり学も無く感情論なのですが、弟の方が国立大学も出て、それなり勉強をしたので、確固たる自信みたいなものがあります。

私の大学院時代の指導教授が「若い時は左翼でないとダメ。若い右翼は危険すぎる」と言っていまして、なるほど確かに弟を見ていると確かにダメだなと思ってしまうわけです。

私の弟は以下の記事でも紹介しているように、引きこもりも経験し、社会に対しての想いがあるんだと思います。自分のような人間が就職がうまくいかずになぜ苦しまなければならなかったのか。その答えはまだ出ていないのでしょう。

 

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 年齢を重ねてネット右翼になってしまう原因とは

偏向言説者に変節したのちの父の中では、その美しかったニッポンに対する喪失感が、「それは何者かによって奪われた」「何かによって変えられてしまった」という被害者感情に置き換えられていた。その被害者感情こそが、以前の父からは感じられなかったものだったと気づいたとき、僕の中に「父は何者かに利用され、変えられたのだ」という答えが浮き彫りになってきた。

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こうした喪失感はあるのかもしれません。前述した私の弟は就職活動がうまくいかず、未だ結婚もせず、社会に対して思いがあるわけです。それを自分の問題として受け入れることよりも、社会の責任として考える傾向があります。

もちろんその考えそのものは間違っているとは思えません。我々氷河期世代就職氷河期であり、思ったような就職ができず社会問題になっています。それは自分たちだけの責任ではなく、社会的な問題として議論されるべきでしょう。

 

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しかし、社会の責任だとあまりにも行き過ぎてしまうと、自分の努力や責任は置き去りにされてしまいます。またそれだけでなく、社会という抽象的な存在に責任を転嫁するのではなく、特定の団体や人物にその責任を転嫁するのです。その方が分かりやすいというのもあります。そしてそれを利用する人たちもいるわけです。

出版物にせよWEB上のものにせよ、ヘイトな右傾コンテンツの根本は、今や思想というより「商業」になっている。それは基本、金儲けの手段だ。

 商業的に瀕死状態にある紙媒体が、「最も紙媒体を消費し、最も金を持つ層」として高齢男性をターゲットにするのはマーケティング的には全く正しいこと。その層に響くコンテンツとして健康情報や「どのように死ぬか」と同列に「右傾コンテンツ」があるのも、やはりマーケットとして有望だからだ。

 売ることを優先した右傾コンテンツには容赦がない。古くからある保守言論本ならまだしも、粗製乱造されたネット右翼本はエビデンスに乏しく、「あなたたちが懐かしく思っている美しいニッポンが失われたのは、戦後のGHQ統治下で“作られた憲法”や、中韓による“歴史の改変”のせいである! ニッポンは失われたのではなく“奪われ捻じ曲げられた”のだ!」といった論調で読者の喪失感を被害者感情に昇華することで、大きなマーケットを生んできた。

「どうしてこんな事になってしまったのだろう」と喪失感に沈むことより、視野に明確な敵の像を結んで被害者意識をぶちまけさせたほうが、人の快楽原則には忠実だからだ。 

亡き父は晩年なぜ「ネット右翼」になってしまったのか | デイリー新潮

こうした言説はその根拠がほとんど分からないのですが、分からないがゆえに力を持つのがネット社会です。リアルよりもフィクションの方がリアルにおいて力を持ちます。その理由はフィクションは今の喪失感に答えを与えてくれるからです。

情報が氾濫する社会は情報を選択できる自由な社会ではありません。むしろどの情報が正しいのか選ぶことが難しい社会です。ではどのように情報を取捨選択するかは、それが確かな情報であるかどうかよりも、より自分が求めているものに近い情報を信じるという異なるのだと思うのです。

その先にはその情報が正しいかどうかの検証が待っているのではなく、ただその情報が正しいと信じるだけの道が残るだけです。そこに入ってしまうと抜け出すのがなかなか難しいのでしょう。我が弟も父親も同じことをいつも言っています。

世の中はそれほど単純ではない

世の中の仕組みが複雑になればなるほど、答えは簡単ではなくなります。「なぜ我々はこんなに苦しい生活をしているのか」という答えは単純ではありません。しかし、単純な答えは分かりやすいので力を持つのです。

しかし、単純な答えなど存在しません。むしろ答えそのものがない問題もあります。そうした前提で生きていくことは苦しいことです。責任を社会や他者のせいにすることはできません。しかし、そうであるがゆえに社会も自分自身も変えることができるのではないでしょうか。

まとめ

右傾化の記事を見かけて、私の家族に照らし合わせながら考えてみたのですが、今の社会は暗い部分がありますね。景気が良いと言われているのですが、未来が明るくないという感じです。そうすると何かの責任にしたくなるという感覚は理解できます。

しかし、そこでもう少し考えてほしいんですね。何でも自分の問題として考えることで、自分も成長できるのではないでしょうか。もちろん個々の力ではどうしようもならない問題は存在しているのですが、それすらも自分の問題として捉える。

決して楽ではないのですが、自分はそうやって生きていくことが、自分の人生を生きている感じがするんですね。皆さんはどうでしょうか。

 

徹底検証 日本の右傾化 (筑摩選書)

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若者は本当に右傾化しているのか

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