いつか朝日が昇るまで

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ネット社会は細分化され閉じられた社会になっていく

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ネット社会を見ていると、リアルな世界以上に殺伐としている。いや、ネット社会であるがゆえに殺伐としているのかもしれない。例えば以下のDMCA虚偽申請について。ツイッターランドで凍結祭りがおこなわれていたのだが、こうした行為そのものは責められるべきではある。

でも一個人がした行動で多くのツイッターアカウントが凍結されるシステム的な問題はどうなんだ?とも思う。真摯な反省ではあるものの、所詮は匿名だろうという批判が散見される。

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こうしたやり合いが現実世界よりも露骨に行われるのがネット社会になってきている。それは匿名だからという問題だけではないと思う。匿名であっても訴えることは簡単だ。匿名だから何をしてもバレないなんてことは全くない。

そんなことはみんな分かっていると思うのだが、分かっていない人もいるのかもしれない。また一方でスラップまがいの訴訟や脅しも存在している。自分たちの批判者を追放するために訴訟をちらつかせて脅すのだ。

事実に基づいた批判であったとしても、それを訴訟をチラつかせて黙らせるという手法を使っている団体もいる。こうしたことが増えてくると、もはや批判はできなくなってしまう。詐欺師にとっては天国だろう。

 

リアルな世界よりもつらいネットの社会

そんな殺伐としたネットの社会よりも、リアルな世界というものが安心することもある。ネット社会の良さはつながりの緩さだ。つながりが緩いかわりにいろいろな人とつながることができる。

一方、リアルな世界はつながりは密で広がりは少ない。広がりがあるネットの世界に面白さを感じたはずなのに、ネットの社会もつながりが密になっている。それはそのつながりを楽しむのではなく、ネットの社会においても「あいつは誰だ」が重要になってきたからかもしれない。

ネット社会において、発言そのものを評価して、どこの誰とも知らない人とやりとりすることが楽しかったはずである。しかし、一体お前は誰なんだと個人としての発言とされるようになってきた。

そうするとネット社会は結局、リアルな社会と同じで、個人が前面に出てきてしまう。そうするとほとんどリアルな社会と変わらないのだ。ネット社会で訴訟などのやり取りがリアルタイムでなされるのだ。

ネットはオープンだけど最終的にはクローズドになる

緩いつながりから強いつながりへと移行するなら、ネットはクローズドな場になっていく。ツイッターで話すのは匿名だけど実際に会った人たち。そうしたリアルの世界とネットの世界はますます融合していく。

ネットで知り合った人と実際に会う。そして世界は現実世界で展開されている。ネットとリアルの垣根はどんどんなくなっていくように思う。それが良いことか悪いことか分からないが、その善悪を判断するよりも、その世界を楽しめるかどうかでしかないと思う。

 

結局私たちは細分化された世界で生きていく

ネット社会は無限に広がっている。しかしその広がりは怖さにもつながっている。そしてその怖さは世界の細分化につながっている。アフィリエイト界隈はもう情報が出てこないと言っている。

つまり世界はすっかり細分化され、閉じられているのだ。こうした流れは自然なのかもしれない。インフルエンサーはそこでサロンビジネスを行おうと頑張っている。それはクローズドな社会で信者囲い込みを行っているからだろう。

細分化して居心地の良い社会。それも必要だ。でも外に開かれた集まりもまた必要。その可能性がネットの社会にはまだあるのだろうか…。そんなことを考える日々である。