いつか朝日が昇るまで

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自由な会社こそ不自由なんだと思う

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皆さん自由な会社というのに憧れますか。私も会社を経営する側なので、自由な会社というのはとても響きがよいと思っています。ただ自由な会社というのは、逆にやりづらいところもあるんですよね。

ちなみに自分たちの会社は、とくに自由なわけではなくて、やるべきことやルールなどは決まっているわけですが、自由な方がよいという要望は多いですよね。自分も会議が嫌いなので、そこは回避したいわけですが、会議がない場合にはその目的を代替する何かが必要になってくるわけです。

極端な話、ただ連絡をするだけであれば会議である必要はありません。何か議論をして答えを出さなければいけない場合は、会議を開く必要があるかもしれませんが、ケースバイケースでしょう。

会議というのを考えたときに、この日は会議があるから会議を開くというようなことも多いわけで、そういうのは嫌なんですよね。でも会議がなくなったから、その連絡機能や議論する場というのがなくなるかというとそうでもないので、会社のルールなのだと思います。
 

 

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「自由にやっていい」の自由が自由であった試しがない

いろいろな人と一緒に仕事をすると、いろいろな人に会います。「どうすればいいですか」と聞くと、「まぁ自由にやってみてよ」と言われるので自由にやると、「全然違うよね」なんて言われるわけです。それなら最初から決めてくれよと思うわけですが、何か自由にやらせてみたら違ったみたいなこと言われるわけですよね。

振り返ってみると、「自由にやっていいよ」と言われて自由だったことってほぼないですよね。ほとんどが頼んだ人の要望に合わせた商品を作ることになるわけです。その自由に考えたことそのものは、ムダではないんですけど、その自由に考えたものに対してお金を払わないムダな作業だと考える人たちもいるんですよね。

実際にはその考えたものが下敷きになっていろいろなものが始まるわけですが、ムダなものみたいな扱いになるわけです。大体自由にやってよいと頼まれる時は、頼んだ側のイメージがなさすぎるんですよね。だからこちらも困りに困って何かを出すわけですがそこから依頼した側がイメージしてはじめて作り出すわけですね。

だから最初から指示してほしいといっても指示できないという最悪な状況ですね。その状態で頼むんだったら、しっかりお金払わないといけないんですけど、払わないところが意外と多いですよね。全然自由じゃないですよね。

 

「自由に考えて提案して」ほど無茶振りはない

「自由に考えて提案して」というのは、むちゃぶりなんですよね。何もないところに自由に考えるなんてことはできないわけですよ。とくにシステム何かを頼まれたときに、大体のイメージしか言われなくて後は自由に考えてみてよみたいなことがあるわけです。
でも自分たちが使っているシステムではないので、使う側が必要な機能を伝えてくれないと作りようがないわけですよ。でもそこが全然検討されていないことが多くて、自由という言葉が都合よく使われていることが多いんですよね。

自由にもそうですけど「適当にやってみて」と言われて、あとで文句を言われることが本当に多いわけです。こうした仕事は基本的には受けないほうがいいわけですね。最近は受けないようにしているんですけど、他の方がもうしっかりと考えて頼まないとダメです。「何が自由だ」とよいイメージを与えるのかもしれないですが、結局何も考えてないってことだけなんですよね。

ルールがあるから自由にできるのだ

やっぱりそのルールがしっかりあり、しっかりルールを守った上でできることを考える方が、とても自由な感じがするわけですよね。なぜかというと、「ここまではやっていい、ここからはやってはいけない」という範囲がわかるからなんですよね。

結局自由でって言われても自由じゃないので、「やり過ぎだ」みたいなこと言われてしまうわけです。そうであれば「ここからここの範囲でやってくれ」と言われたほうが、自由な感じでできるんですよね。

会社のルールも同じで、「こういうことはやってもいいですよ、でもこういうことはだめですよ」というのがわかっていれば、その範囲内でやれることがたくさんあるわけですね。範囲内で面白くできるのが自由なんですね。

ルールがないと、お互いの「阿吽の呼吸」で動かなくてはいけません。「暗黙の了解」のもとで動かなくてはならない。

そこがうまくいかないと「なんでこれやってくれないの?」「俺はこれだけやってるのに!」「あの人はもっと動くべきだ」などとつねに余計な感情が発生することになります。

なぜ「自由な会社」ほど息苦しいのか?|安藤広大/株式会社識学 代表取締役社長|note

結局自由にすると全部フリーハンドになって、感覚的な話になってくるんですよね。そうすると気に入らないからダメとか普通にあるわけです。

社員の方としては、昨日は良かったのになんで今日はダメなのということもあるわけですよね。そういうことにならないためにもルールってすごく大切だと思います。私が先ほど述べましたけど、会議のようにルールで決められると嫌だなぁという部分もあるんですけど、その中でうまく改善していくっていうことができるのも確かなんですね。

 

まとめ

自由な社風っていうのはすごくイメージがいいんですけど、ルールがないことが自由ではないんですよね。またルールがないから自由にできるわけでもないわけです。ルールがないことでかえって不自由になってしまうわけですね。

だからルールっていうのはある程度必要なんですね。何でも自由だとどこまでやっていいかもわからないし、人間は楽な方にどうしても行ってしまうわけです。そうならないためにルールをしっかり作って、でもいらないルールは変えてやっていった方がよいでしょうけどね。会議嫌だなあ(笑)

 

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