いつか朝日が昇るまで

30代・40代の働く皆さんに役立つネタを提供しています。

自分が我慢している時は相手も我慢しているという話

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最近、いろいろと妻と話し合っています。結婚生活を発展的に解消してお互いの人生を歩んでいこうという話です。自分の中ではまだまだ気持ちの整理が付かない部分はありますが、前向きに生きていけるかなとも思っています。

そんな心の葛藤はnoteで書こうかなと思っています。不定期だし、何を書くかはまだ決まっていないのですが、こんな感じかな。まだ1記事しか書いてないけど紹介します(初月無料です)。

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このブログで書かないのはこっちのブログはこれまでの歴史があるので、あまり離婚問題はなじまないかなと。それと離婚はとりあえずしてしまったら終わりのネタなので、このブログにはそぐわないかな。

そんなことを考えて、別ブログを立ち上げるよりもマガジン形式の方が良いかなと思った次第です。皆さんに励まされて生きていこうと思います(笑)。

前置きがかなり長くなってしまいましたが、今日のテーマは「自分が我慢している時は相手も我慢しているという話」です。これも結婚生活を振り返って、出てきた問題です。

自分が我慢することで解決できることがあると信じていた

自分はいろいろと背負うことで生きてきましたが、それは家族のためだと持っていたからですね。自分が我慢することで家族はうまく行くと思っていました。でもそれは違うんですよね。

自分が我慢している時は相手も我慢している

いろいろと話し合って分かったことは、自分が我慢していたことは相手も我慢していたこと、そして自分が我慢していたために相手に自分の意思が伝わってないんですよね。そもそもがすれ違いだったわけです。

そうなんだ、すれ違いなんだと結構驚愕でしたね。実はこうした話し合いができるので、妻との関係性そのものが悪いというよりも、お互いの考え方が違いすぎるんですね。だから人生をともに歩む感じではないんでしょうね。

こうした価値観の相違をこれまで我慢することで見ないようにしていたのが、ここにきて一気に噴出したわけです。だから我慢って本当に良くないですね。自分も苦しいし、相手も苦しい。

でもそれ以外の選択肢がなかったですね。自分が弱気になれば、すべてが崩壊するような気はしましたから。

我慢することで自分を守っていたのかもしれない

我慢するというのは自分を守るという意味合いもあったんでしょうね。我慢することで、価値観の相違を目にする必要がないわけですから。もしそれが白日の下にさらされて議論していたら、それこそもっと早く関係が終わっていたかもしれません。

そうした恐怖もあって我慢していたのかもしれないです。我慢するというよりも、現実の問題から目をそらすということなのかもしれないですね。夫婦と言えども赤の他人。最後までその違いは埋まらなかったですね。

そうした価値観の相違があることこそ良いことだと思ったのですが、家族になるとはそうした価値観の相違を埋めていく努力は必要だったのかもしれません。

自分なりには頑張ったので過去は振り返らない

このブログを読んでもらえると分かりますが、私は育児も仕事も自分なりに頑張ったつもりです。そのためやり切った感はあります。やり切った結果が離婚だというのは悲しい面もありますが、それでも後悔はないと思います。

すれ違っていたのも最初から。そういう意味ではよく10年以上持ったなと思います。これからまた新しい人生が始まるのかもしれません。

離れることで関係が良くなることも

関係性が悪いわけではないので、とりあえず離れるけど子どものこともこれまでと変わらずやるわけですが、これまでの関係が嘘のように関係が良くなっています。そもそも人生に対する価値観は違うのですが、お互いが嫌いなわけではないんですね。

だから人として付き合った場合は関係が良好なんでしょう。いろいろと思うところもありますが、前を向いて歩いて行けたらと思っています。あとマガジン、よろしくお願いいたします(笑)。

このブログは更新頻度は落ちますが、これまでと変わらないネタで書いていきますので、離婚関係を読みたい人はマガジンで。

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