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コミュニケーションが重視される社会では軽躁状態で振る舞わざるを得ない

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躁状態というテンションが高い状態でのふるまいは確かに増えていますね。私も息子とともにゲーム実況を見ていると、うるさくて耐えられないことがあります。子どもたちはそのテンションに慣れているようですけど。

そもそもマインクラフトなんて静かにやるものだろうと思いますが、マインクラフトもテンションを上げてやっているのは頭が下がる思いです。そうした状態に違和感があるというシロクマ先生の記事を読みました。

p-shirokuma.hatenadiary.com

それに対していぬじんさんが「みんな病気だから仕方ないよね」という話をしていた。軽躁状態というのは個々の病気として捉えるよりも、社会状況の結果として捉えた方が分かりやすいと思うんですよね。

inujin.hatenablog.com

 

コミュニケーションが過度に重視される社会

1990年代以降の日本では人間力、生きる力、あるいはコミュニケーション力、さらには独創性、熱意、愛嬌という具合に、勉強すれば身に付くものではない、人物の全体に及ぶような、性格や人格と切り離せないことが評価されるようになってきた。

この広く観察される評価の対象を表現したくて超メリトクラシー、すなわちハイパーメリトクラシーという言葉を使った。これは限定なしの人間丸ごとを対象にしており、大まかに言えば柔軟かつパワフルに、どこでもすばらしい力を発揮できる人間たれとなる。しかも、こうあるべしとの圧力が蔓延してきたことを言いたくて、ハイパーメリトクラシーという表現を大いに使っている。

“超”能力主義が日本社会を覆う | ブックス・レビュー | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

本田由紀さんの話は面白いのですが、我々は性格を含めて、あらゆることを評価される社会に生きています。その中でもコミュニケーション力がないとダメとなっており、コミュニケーションが不得意な人たちは就職できないということも起こってしまいます。

こうした状況の中では、我々は軽躁状態で明るく振る舞わざるを得ないでしょう。社会全体が「人間とはこうあるべし」という理想像を定義しているように思えます。本来であれば、これまでの価値観が壊れ、私たちはもっと自由になれたはずです。

「労働者はこうあるべき」「社会人はこうあるべき」というモデルがあった時代は、そのモデルの通り行動することが楽でした。そしてそこから外れた人も「変わった奴だ」と拾い上げる土壌があったように思います。

しかし、そのモデルが崩れた途端、それぞれが違う価値観を目指すのではなく、みんなと同じ価値観を探して、それをモデルとして定義するようになったように思えます。しかし、その価値観は社会的に定義されたものではなく、ただの多数決。

そのため、自分たちが多数であることを主張せざるを得なくなります。こうした「みんなで同じ価値観を目指す社会」では、理想の人間像が形成されて、それに合わせざるを得ないのではないでしょうか。それはこれまでのような「○○であるべき」という価値観よりも、排除の論理が働いているように見えてしまいます。

それがポストモダンの結果なのかもしれません。しかし、この理想の人間像が強調され、その圧力が蔓延している中で、個人としてどう戦っていけばいいのか、その戦い方は難しいかもしれません。

 

www.gerge0725.work

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躁状態から思考へ 

明るくて楽しい、そしてコミュニケーションも上手な人というのは、実際にどうかは別として、ツイッター上では多く見られます。ツイッターはタイムライン上に言葉がどんどん流れていっては消えていきます。

それはゆっくり考える隙間を与えず、常に瞬間的に反応することが必要とされます。ツイッターはそういうものだし、それでいいわけですが、それがリアルな世界でも同じようになっているのかもしれません。

その場で消費してあらゆるものが終了してしまう。そんなものばかりになってしまえば、新しいものが生まれるわけがありません。一瞬ウケてそれで終わりみたいなものではなくて、長く評価されるものを作っていくべきだと思います。

時間をかけた思考がものごとを創造する

人間力みたいなものはとても表面的で、コミニケーションが上手でも中身がないと言うことが多くあるわけですね。私たちは早く行動に移すことが良いと言われることが多いのですが、創造という意味では時間をかけた思考っていうのは大事なのではないでしょうか。

こうした創造力を鍛えるためには、考える事はとても重要です。考えるためには時間が必要ですよね。時間をかけてじっくり考えた結果として、物事が生まれてくることもあるわけです。それは一瞬で消費されるものではなく、長く世の中に残っていくものになるのではないでしょうか。

最近情報商材のようなものは流行っていますが、手軽に読めることが売りなわけですね。その情報そのものは信用度がかなり低いわけです。そうした中で本を読むということが、ますます重要になってくると考えています。

本の中にはただただ情報が並んでいるだけのものもありますが、良い本というのは情報の羅列ではありません。そこから思考しなければ理解できないものがあるわけですね。それが創造力を鍛えていくのだと私は思っています。そして新しいものを生み出していくのではないでしょうか。

 

まとめ

どうしてもコミニケーションというものが重視される世の中ですが、コミニケーションがとれることが、必ずしも能力が高いことを示していません。結局のところ、自分のできることをやるしかないわけですが、軽躁状態瞬間芸に頼るのではなく、じっくり物事を考えて進んでいくやり方が評価されるべきだなぁと思います。そして自分はそうした生き方しかできないなと実感しているところです。

 

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