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非認知能力を育てるにはどうしたらいいの?非認知能力が低い人はどうすべきか

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皆さんは非認知能力というのをご存知ですか。私は教育関係の仕事をしていますから、この非認知能力についてはかなり注目していて、それはどのようにすれば向上するのか、いろいろな本を読んで勉強しています。

非認知能力が大切だという主張はよく分かるのですが、それを具体的にどのように鍛えれば良いのかが気になっているわけです。しかも、非認知能力は幼少期に鍛えるべきという主張は多いです。

つまり幼児期にいかに非認知能力を育てることが重要で、それが将来の収入にもつながるということなんですね。

非認知能力とは何か

そもそも非認知能力とはどのような能力を指すのでしょうか。ヘックマンの主張を取り入れた教育について説明している本では、以下のように定義されています。

.「非認知能力」には、人としてのあらゆる良い資質が含まれます。自己肯定感や自制心、社会性、好奇心、想像力、共感力、主体性、柔軟性、回復力、やり抜く力など。こうした力は将来の年収や学歴、職歴などに大きな影響を及ぼし、成功のための重要な要因となります。さまざまな研究の結果、「非認知能力」がもっとも伸びるのは10歳までの乳幼児期であり、この時期にはこの能力にフォーカスして育てることが大切ということもわかりました。

ボーク重子.「非認知能力」の育て方~心の強い幸せな子になる0~10歳の家庭教育~(Kindleの位置No.187-191).株式会社小学館.Kindle版.

 

「非認知能力」の育て方:心の強い幸せな子になる0~10歳の家庭教育

「非認知能力」の育て方:心の強い幸せな子になる0~10歳の家庭教育

 

これを読めば誰でも「これは大切な能力だ」と思いますよね。学校の勉強を集中してできる子は明らかに勉強ができるようになります。小学校入学時点でこうした差がついていて、それが埋められないものだとしたら、我々が小学生にしている教育とは何かと思ってしまうわけです。 

非認知の能力は小学生でも育てることができるのか

 

ラジ先生によれば、非認知能力は個人差もあるので、追いつくものもあるとのことです。 しかし、追いつかないことが多いのでしょうか。非認知能力で特に重要なのはやり抜く力や自制心であり、こうした能力は学習習慣を整えたり、自分のやっていることに自信を持たせるなどすることで、十分可能だと言われています。

学力などの認知スキルも鍛えることは可能だが、多くの研究成果から、IQなど認知スキルは8~10歳ぐらいまでの比較的早期に確立され、10代になってから高めるのは容易ではないことが明らかになっている。それに対し、非認知スキルはある程度成長した後も、自らの意識一つで変えることのできる可能性があるのだ。(65頁)

東洋経済」2015年10月14日号

 

私はあまり勉強が得意ではないので、大学生から勉強した感じなのですが、やはり苦労したと思っています。「あいつはなぜあんなに勉強ができるのだろうか」と疑問に思うこともありますよね。

非認知能力が低いと諦めないといけないのか

非認知能力には確かに差があります。これは今教えている子ども達だけでなく、自分について考えてもそうです。非認知能力の差が見えてしまってくると、余計にやる気がなくなってしまいますよね。

 

www.gerge0725.work

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どうしても才能がある人を目の前にしてしまうと、何をしても勝てないと思ってしまいます。これまでは年功序列・終身雇用でそういう能力差が隠されてきた部分があります。しかし、それが能力主義の名の元に目の前に現れてしまったわけです。

それでも生きられるのなら良いのですが、今の時代は生きられない人も少なくありませんし、今後はもっと生きていくのが難しくなるでしょう。真面目にベーシックインカムの話が出てきそうですね。

それで私のように非認知能力が低い人間はどうしたら良いかというと、あがくしかないんですよね。努力しても無駄だから努力しないという選択肢もありますが、それでは生きられない。そういう意味では努力の方向をどうするか、これがとても重要な世の中になると思います。

 

note.mu

まとめ

非認知能力は幼児期に上げられた方がいい能力であり、その時期を過ぎたとしても10代なら希望がありそうです。しかし、もう40歳を越えるとですね、あらゆる能力が衰えてくるわけです。

そうした中でできることは非認知能力をあげるということよりも、技術を身につけたり、資格を取ったりすることでしょうね。そうした能力が無くても努力の方向を間違いなければ戦える可能性はあります。そうした道を探して頑張っていくしかないでしょうね。私もそれで頑張っています。