いつか朝日が昇るまで

30代・40代の働く皆さんに役立つネタを提供しています。

容姿を笑いに変えるは終わりになるのだろうか~M-1グランプリを見て思うこと

スポンサーリンク

f:id:gerge0725:20191230214706j:plain

 

ミルクボーイが話題をさらったM-1グランプリですが、もうずいぶん前の話のような気がします。何か書こうと思っていたところ、ずいぶんと時間が経ってしまいました。
そんな中で、以下の記事読みました。2019年のお笑いのテーマは優しさだったと言う話です。この記事の中で、見た目をいじるような笑いと言うのは、これから少なくなってくる、ウケなくなってくるのでは?と書かれています。

容姿をイジる笑いや、人を傷つける笑いは今の時代にはそぐわない、などと言われることが年々増えてきた。このテーマに関して個人的には言いたいことがいくつもあるが、それは本稿の趣旨ではないので割愛する。少なくとも、そういうものを「笑えない」と感じる人が増えていることは確かであり、自分では「笑えない」とまでは思っていなかった人ですら、「笑えない」と思う人のことを今までよりも意識せざるを得ないようになってきているのは事実である。

2019年のお笑い界のトレンドは「優しさ」だった(ラリー遠田) - 個人 - Yahoo!ニュース

実は最近、そんなにお笑いを見ていなくて、久しぶりのM-1グランプリだったわけですが、ものすごく楽しめたんですね。それで先ほどの記事の指摘を読んで、確かに容姿をいじるお笑いではなかったなと思ったのです。

そこで今回は、M-1グランプリを簡単に振り返りつつ、お笑いについて勝手に感想を述べたいと思います。別に専門家ではありませんのでただの感想です。

 

M-1グランプリは面白かった

皆さんはM-1グランプリは見ましたか?私は先ほども述べたように、久しぶりに見たのですが、すごく面白かったんですね。かなりハイレベルな戦いが繰り広げられていて、ミルクボーイのコーンフレークネタを見たときは、これをなぜ決勝に持ってこないのかと思った位です。

しかし、決勝でも見事に面白いネタをやり切っていて、本当にすごいなと思いました。個人的には、ペコパみたいな芸が好きなわけですが、やはりちょっと勝ちきれなかったですね。

松本さんに、「のり突っ込まない新しい芸」と言われていましたが、まだまだ完成には遠かったのかもしれません。ただ個人的にはすごく面白かったので、その道を追求してもらうと嬉しいなと勝手に思います。

まぁ次回に期待なわけだわけですけれども、こうしたお笑いを久しぶりに見て、なんかすごいなと素直に思ったわけです。

容姿をいじる芸ではウケなくなる?

先程の記事に戻りますが、容姿をいじるお笑いがなくなるというのは、確かにそうかもしれないですね。これまでは不細工や気持ち悪いなどで笑いをとっていましたが、今後、そういうことができなくなってきたともいえます。

これはある意味、お笑いのレベルが上がったと言えるかもしれないし、これこそが本来のお笑いなのかもしれません。例えば渡辺直美がニューヨークでウケる理由というのは容姿ではなくて、そのパフォーマンスであるという記事をどこかで読んだのですが、そういうお笑いに、日本もなってくるのかなかもしれません。

 

お笑いだから許されるではなくなった

そういう傾向はここ最近あって、容姿をいじるようなお笑いがダメになってきていました。例えばとんねるずが挙げられますよね。今の時代、とんねるずのような笑いはウケません。例えばとんねるずの件がありましたが、あれはかなり非難されました。

「ホモ」は差別的な言葉だという認識は徐々に広がりつつあると思うが、男性同性愛者という存在自体や、その属性を笑いのネタとして扱うことは、同性愛者が「気持ち悪い」「嘲笑してもよい対象」だということを肯定してしまう。実際、当時このキャラクターの登場によって、学校で「保毛尾田保毛男」とあだ名をつけられ、いじめられたという人もいた。多くの当事者にとっては、自分は異常な存在なんだと思ってしまう要因の1つにもなってしまったのだ。

保毛尾田ネタ炎上、鎮火しても残る「違和感」 | テレビ | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

一部の人達の間で、「お笑いが窮屈になる」というような批判もありますが、しかしこれまでお笑いだからといって許されてきたものが、これからは許されなくなる可能性は否定できないでしょう。

そして何よりも、そうした容姿をいじるような笑いというものが、そもそも面白くないと言う認識になってきたのかもしれません。

言葉そのものの意味で笑わせるのがお笑いの原点かもしれない

しかし、よく考えればお笑いと言うのは、言葉そのもので面白さを伝えていく必要があるわけですよね。容姿をいじると言うのは、言葉の芸ではありません。言葉で笑わせるためには、その言葉のやり取りで笑わせる必要があるわけです。

そういう意味では、今回のミルクボーイのような漫才は、そもそものお笑いの原点なのかもしれません。もちろん私はただの素人なので、それが正しいのかどうかよく分かりませんが、今回のM-1グランプリを見た感じで言えば、そのほうがレベルが高く面白いと言うのは確かだと思います。

 

まとめ

お祓いの専門家でも何でもありませんが、これまでお笑いだからといって許されてきたものが、これから許さなくなってくる中で、それでもお笑いをすることで、面白さを引き出すのかもしれません。

タブーを破ることに意味があることもありますが、そのタブーがある中で面白い笑いを追求するということもまた、意味があることだと思うのです。今回のM-1グランプリはまさにそのようなお笑いだったように思います。

今後こうした流れが続いていくのであれば、これまでの容姿をいじる形でウケてきた人たちは消えていき、言葉の面白さそのもが評価される時代になるのかもしれません。そんな感想を抱いたM-1グランプリでした。また先ほどの記事を読んだ感想でした。

 

noteでネットニュースマガジンを連載しています。ツイッターで見られる面白い話がチェックできます。初月無料なので中をのぞいてみてください。

note.mu