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芸能界の問題を「日本人」の問題にするのはいい加減やめた方が良くないか?

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社会問題が起こるたびに教育の問題に結び付けられますよね。今回は不倫に対するバッシングの問題です。日本の学校教育は「みんなに迷惑をかけないこと」を強要されるため、異質な行為である「不倫」が異常に叩かれるというわけです。

このように「みんな」のために、「自分勝手な行動を控える」ということこそが人の生きる道だと教え込まれた人たちが、大人になるとどうなるか。

 自分勝手な行動をする人間が憎くて憎くてたまらなくなる、のではないのか。自分勝手な煽り運転や、自分勝手な不倫、自分勝手に満員電車でベビーカーを押すなんてことに「殺意」を抱くのではないか。

 このような「個人の自分勝手な行動」への強烈な憎悪が、日本で最近話題になる「不寛容社会」の根っこにある、と筆者は考えている。

東出不倫への異常なバッシングは、日本の「ゆがんだ教育」が招いた | 情報戦の裏側 | ダイヤモンド・オンライン

こうした主張はことあるごとに行われ、なんとなくみんな納得してしまうわけです。しかし、こうした個人を受け入れない集団的な行動という主張こそがステレオタイプだという主張はすでになされています。

このようなステレオタイプ的な日本人についてまとめられている論文を紹介します。それは以下の論文です。今は心理学の論文も無料で見られるので、こうした疑問に関しては調べてみることをおすすめしますよ。

“日本人の集団主義 ”と“アメリカ人の個人主義”ー通説の再検討ー

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy1926/68/4/68_4_312/_pdf

 

いじめも日本特有の問題ではない

ちなみに,先に言及したいじめの問題についても,例えば,中学生を対象とした日米比較調査(日本青少年研究所,1985)によると,いじめを受けたことのある中学生の割合は,むしろ米国の方が多いという結果になっており,いじめを日本特有の現象として,集団主義的な“国民性”と結びつける議論は影をひそめてきた(船橋,1994).

集団的な問題として日本人は集団でいじめをするという話がありますが、そんなことはないんですよね。アメリカ人だって同じようにいじめをするわけです。他の人の同町圧力は日本もアメリカも大して変わらない。

それを学校教育の問題と考えればそうなのかもしれませんが、日本の学校だけが問題のような捉え方はダメではないですかね。

 「それお前だけな」という主張がまかり通っていないか

まず,標本については,代表的な標本を抽出するための手続きがとられていないという点では変わりがない上に,逸話的な体験や伝聞の場合,標本の大きさが1人,2人に限られている
場合が多く,特定の個人の特性と一般的な“国民性”が分離できているかどうか,大いに疑問が残る.標本に関する情報が全く記されていない場合も少なくない.また,状況については,はっきり特定されていないことが多いものの,研究のために人為的に設定された状況がほとんど含まれていないことだけは間違いない.しかし,類似した状況の下での行動を比較しているかどうかという点になると,やはり,疑問を抱かざるをえない.日米間では,幾多の面で状況の違いが際立っているだけに,この間題は見過ごしにはできない.日本人に関する逸話を理想化された欧米人のイメージと比較している場合のように,そもそも比較可能なもの同士を比較しているのかどうかさえ疑わしいことも多いのである(杉本・マオア,1982,1995;Mouer
&Sugimoto,1986)

これは日本人とアメリカ人との比較で出てきたのですが、結局日本人の話の場合、自分が体験した日本なんですよね。学校教育も同じで、日本の学校教育は「人に迷惑をかけるな」と教えられて、それが大人になっても生きているとされるわけです。

しかし、それは日本人だけが特別というわけでもないし、日本人だから同調する人が多いとは言えないというのも、こちらの論文に書かれています。さきほどのいじめもそうですね。

それに学校教育が大人になってまでどれほど影響するか、それも思い込みのところがあるのではないでしょうか。

 日本人イコール集団主義論が一度広まってしまうと、今度は「確証バイアス」という、これまた非常に強力なバイアスが働き始めます。確証バイアスとは、自分が信じるところに合致する事例、強化する事例ばかりに目が向く、というものです。ですから、日本人は集団主義的であるという先入観があると、そのような事例ばかりが目につき、「やっぱり日本人は集団主義的なんだ」とますます納得してしまう。

「日本人は集団主義」という大いなる誤解 | 雑誌掲載記事 | ダイヤモンド・オンライン

私たちは「学校教育が問題」という「確証バイアス」に惑わされているのではないでしょうか。しかし、そうしたバイアスがかかってしまうと、なぜそうした現象が起こっているのかの本質的な問題が分からなくなると思うのです。

 

今回の不倫の場合も状況に応じて対応しているだけ

日本人であろうとアメリカ人であろうと、集団主義的な行動が利益になる時には集団主義的な行動を、また個人主義的な行動が利益になる時には個人主義的な行動を選択するのです。それは国民性や精神文化ではなく、あくまでも状況に応じて、つまりケースバイケースなのです。

「日本人は集団主義」という大いなる誤解 | 雑誌掲載記事 | ダイヤモンド・オンライン

今回の東出さんの不倫報道が問題になっているように見えるのは、これまでのイメージとの違い、奥さんが妊娠中に不倫していたという様々な条件が重なっているだけで、それを日本人全体の問題にまで拡張するのは問題ですね。

まさにケースバイケースで、今回の不倫が批判がやまない条件が重なっているだけなのです。でもこういう問題もすぐに消えてしまいますよ。そんな問題にそれほど皆さん関心がないのです。

 

まとめ

こうした一見すると正しいように見える主張ほど嘘が含まれているんですよね。それでこういうのはちょっと立ち止まって考えてみると面白いです。ひとつの現象を全体の問題として捉えるのは思った以上に難しいんですね。それはよく考えた方がいいなあと思いました。

 

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