いつか朝日が昇るまで

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この世界で私の役割とは何だろうといつも思う

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生きていると何で自分は生きているのかなと思うことがありませんか。別に自分でなくても全然問題ないのに、それでも自分はこの世に存在しているわけです。特にこれと言って目的もないし、為したいこともない。

もちろんお金は必要だけど、それは別に自分が使いたいからではなくて、家族のため。そうした自分が生きているのはなぜなのだろうか。もちろん他人には生きている理由なんて求めない。生きていてくれるだけで素晴らしい。そしてそうした社会であってほしい。でも自分はどうなんだろう…。

 

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この世界で私の役割とは何だろう

この世界で私の役割は何だろうといつも考えている。よく「好きなことをやろう」という人がいるけど、好きなことは特に見つからない。あえて言えばブログは好きだけど、これでお金が稼げるわけではない。

人間が仕事をする際に次の3つのパターンがある

  • お金が儲かること
  • 自分が好きなこと
  • 社会の役に立つこと

これらすべてが満たされるのなら、そんなに幸せなことはない。しかし、そうなる人はほんの一握りだろう。そんな中で自分はどれを重視して生きていくのだろうか。自分は自己肯定感が低いと思う。だから、社会の役に立ちたいと強烈に思うのかもしれない。

しかし、社会の役に立つことが必ずしも自分がお金を得られることではない。それでもいいのだか、生活はしていかなければならない。それが自分の課題になっている。家族のためにもしっかりと稼がないといけない。家族の役に立つことも社会の役に立つことと同じくらいの重要さなのだ。

しかし、社会に役立ちたい、家族のために頑張りたいと思っても、ふと我に返った時に、本当に必要とされているのかと思うことがある。自分が勝手に社会の役に立っていると思っているだけで、社会の方はあなたにそんなことを求めていないよということである。

そうするとこれもただのエゴなのではないだろうか。いや、エゴは罪ではない。エゴがあってもいいのだと思うけど、ただのエゴであれば、自分は一体なのために生きているのかというループから抜け出せなくなるのだ。

絶望は希望の裏返し

自分が社会や人生に絶望するとき、それは希望の裏返しだと思う。社会に必要とされたいのに、必要とされていない。そんな自分の希望が叶わないから絶望するのだ。これは先ほどの続きで考えれば、エゴなのかもしれない。

しかし、だからこの出口は自分を認めることでしかない。しかし、自分で自分のことを認めることほど難しいことはないのだ。「自信がない」という人に「自信を持て」と言っても効果がないのと同じように…。

 

希望がなくても生き続ける理由

 

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いつもこうした話題を考えると、先輩のことが頭に浮かび、自分は生き続ける道を選択することになる。問題は何も解決しないが、前を向いて進んでいくしかないと思う。自分のような人間がそもそも社会に必要とされるわけがないと言われればその通りなのだ。 

そんな中でも自分があがいている理由は、この先輩のことが頭から離れないからかもしれない。

 

まとめ

世の中にはあなたがいなくなったら悲しむ人がいるんだ。そうだね、自分にもそういう人がいるかもしれない。世の中の私の役割は何かの役に立つことではなく、人を悲しませないこと。それはそれで意味があることだろう。

 

noteも始めました。いろいろなタイプの方に役立つ生存戦略不定期に書いていますので、ぜひお読み下さい。

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