いつか朝日が昇るまで

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「生んでくれてありがとう」から考える子供らしさとは

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以下の記事を読みました。「生んでくれてありがとう」という言葉は一見すると良い言葉のように見えますが、それを子どもが言うということに違和感を感じるわけですね。これは2分の1成人式にも言えます

 

kasasora.hatenablog.com

この言葉に対する違和感としては斗比主さんが書いていて、これは私もそう思います。「生んでくれてありがとう」という実感をいつ持つのか。おそらく子どもは持たないでしょう。結婚式とかではあるのかもしれないですけどね。

ただ、「"いつも"お弁当を作ること」や「育てること」は抽象度が高すぎて、それを認識するのは難易度が高い。私の子どもが抽象度が高い概念を認識して、そういうメッセージを伝えている可能性もないわけじゃないだろうけれど、私の認識ではたぶんそこまでの抽象的理解を私の子どもはまだできるとは見ていません。 

topisyu.hatenablog.com

 私自身は教育に関わっている身で、ある塾で保護者の方に感謝のVTRを取ろうという話になったんですね。それで、みんなお母さんに感謝しているわけですよ。しかし、ほとんど同じ内容です。

「お弁当ありがとう」「送り迎えありがとう」「お金を払ってくれてありがとう」、感謝の言葉を伝えるということは意味があることなのかもしれないですが、それがそう思って言っているのか、周りと同じことを言ってい置けばいいと思っているのか、あるいは親に対して忖度しているのかは分かりません。

子どもというのは大人の様子をよく見ていて、こう言えば喜んでもらえるとか、これなら怒られないとかいろいろと考えて行動しています。そのため、先ほどのような言葉は親は喜ばせようという感じがよく分かるのです。

そもそも親に感謝する瞬間というのが、どこにあるのかと思い返すと自分はないんですよね。一般的に「大学に行かせてもらったのだから」「ひとり暮らしをさせてもらったのだから」などいろいろと親に感謝する瞬間はあるはずなのですが、自分は全く感じませんでした。

親に感謝するよりも、友達とゲームしたり、遊んだりして楽しんでいる方が子どもらしいと思うのです。「子どもらしさ」というのは大人が定義する「子どもらしさ」と実際の「子どもらしさ」がずれてくるのかもしれません。

 「子どもらしさ」は、「好ましい、またはこのようにあってほしいと期待される、学齢期前の幼児期から青年期中期にいたるまでの規範の 1 つである」とすることができるだろう。

 http://www.js-cs.jp/wp-content/uploads/pdf/journal/22/cs2016_03.pdf

このように「子どもらしさ」そのものには子どもを見る側の価値観が反映されています。つまり見る側の好ましい子ども像が「子どもらしさ」になってしまうのです。

 教師の抱いている「子どもらしさ」は、1)素直で元気な子ども、2)クラス内で他の子どもたちと問題なく関係性を形成できる子ども、3)多少の自己主張や問題行動も「子どもらしさ」の 1 つである、

 http://www.js-cs.jp/wp-content/uploads/pdf/journal/22/cs2016_03.pdf

教師の「子どもらしさ」の定義には多少の悪い面も含まれていますが、上記3つをバランスよく持っているという子どもは少ないと考えられます。そのため、個々の先生によって、どこまでが「子どもらしさ」で、どこからは「子どもらしさ」に含まれないか、つまり問題児として扱われてしまうのか異なります。

それで話は戻りますが、先ほどの「生まれてくれたありがとう」は私にとっては「子どもらしさ」に含まれない行動ですが、先生にとっては、またはある特定の大人にとっては「子どもらしさ」に含まれるのかもしれません。あるいは子どもらしくない発言をいい意味でとらえる人と悪い意味でとらえる人がいるということでしょう。

そもそも人に感謝を伝えましょうと言って、感謝と伝えることそのものが目的になるようなやり方では、結局大人が喜ぶこと、大人によって定義された「子どもらしさ」に当てはまるようにふるまう行動しかしないようになります。

母の日しかり、父の日しかり、保育園の時はいいのです。母の日の作品、父の日の作品であり、そこには感謝の気持ちは微塵も見られません(笑)。しかし、それが小学校に上がり、言葉で伝えるようになると、やはり感謝を伝えざるを得ないです。

小学生の自習を見ることをあるのですが、「将来の夢」を書かせる宿題があって、「俺、特に夢ないけどどうする?」と言われて、無理やり夢をねつ造したことがあります。「子どもはは夢を持っている。そしてそのために努力する」というのが、その学校の定める「子どもらしさ」かもしれません。

一見多様性を重視しましょうと言っているのですが、結局は画一化していくというのは感謝の言葉によく表れています。大人が考える「子どもらしさ」を飛び越えてくるのが「子どもらしさ」なのではないかと私は思います。そんな子どもたちの相手をするのは大変ですから、今の学校システムでは難しいでしょうね。そんなことを思った今回の記事でした。

 

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