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博士課程に在籍したが研究職には付けなかった私が振り返る大学院生活

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このブログですが、大学院博士課程を単位取得退学してから始めました。その後も研究を細々と続けてきたのですが、結婚と子どもが生まれたことを機に完全に研究生活からは離れてしまいました。また知人と新しい事業を始めたこともあり、大学院での研究生活の総括もできず、ここに至っています。

ブログも復活してしまったので、ここらへんで大学院生活の総括を思った次第です。冒頭のツイートもそんな気持ちの表れだと思ってください。それではこれから大学院博士課程生活を振り返ることにします。

 

 

1.大学院博士課程への進学

私は修士課程と博士課程で大学が違います。理由は修士課程の時に指導教官に嫌われたからですね。もちろん大人ですから、あなたのことが嫌いだとは言われなかったですけど、遠回しに「博士課程では取りませんよ」と言われていました。博士課程まで行くことを念頭に進学したわけですから、困りますよね。まあ、しかし、私は生意気でしたし、「こっちだって行かないぞ」なんて思ってましたから、他の大学の博士課程に進学することにしました。

2.大学院博士課程時代

専攻は国際政治で何とか拾ってもらったのですが、大学改革の流れの中でいろいろと大変でした。まず指導教官がいなくなりました。大学院の博士課程って指導教官につくのにどうするの?となったわけですが、後任がくるからと言われて、後任が来たんですけどその教授も1年で他の大学に移りました。ということで指導教官不在のままの大学院生活でした。その話をすると皆さん同情してくれますが、それもまた運命だったのかもしれないですね。

指導教官はいなかったのですが、いろいろな仲間にも会えて、それなりに楽しく研究はできていましたし、一生懸命勉強もしました。後にも先にもあの時ほど勉強した時はなかったかもしれません。でも研究の方向性が決まらなかったんですよね。相談する教授もいなかったですから博士論文も通ることはありませんでした。

そもそも博士論文を誰に出せばよいのかも分からず、しかも出そうとしたら「俺は受け取らない」なんていう最悪な教授もいまして、かわいそうだからと別の教授が最後は受理してくれました。そんな感じでしたので、博士論文が通ることもなく、大学院からは去ることに。学位はもらえなかったのですが、ひとつの区切りを付けられたのは良かったです。これを出さずにダラダラ続けていても仕方がないです。自分でもこの研究という世界で生きていくことは難しいと分かっていましたので、ばっさり切られてすっきりです。

この時は結婚していましたし、家族がいて良かったと思いましたよ。自分の中では半ば諦めていた研究の道なのですが、はっきりとノーと言われると精神的に来るものがあります。あと自分はこういうことも想定してずっと塾で働いてきました。いよいよ来るときが来たという感じで、仕事の方にシフト。働ける場があり、生活することができたのも良かったです。これが職もない状態でしたら、生きていけなかったでしょうね。生存戦略がうまくいったということです。

 

 

3.大学院博士課程に行きたい人へアドバイスみたいなもの

自分の場合不運も重なって指導教官がいなくなりましたが、大学院に行く際にはよく進学先の大学院と指導教授について知っておく必要があります。私は修士課程を半ば追い出されて博士課程に進学したので、進学先の内情をよく分かっていませんでした。進学してみたらひどい現状。先生はいなくなるという状況。事前にしっかりと調べておくべきでしたね。

あと博士課程に進学するわけですから、当然研究職を念頭に入れているかと思いますが、ほとんどの人が研究者になることはできません。また文系の場合、民間企業への就職もかなり難しいです。自分は就職できると思うでしょうし、自信がなければ博士課程に進学することは無いかと思いますが、生存戦略だけは練っておきましょう。いつ何があるか分かりません。

私の知人も将来を嘱望されていましたが、ある日、指導教官と喧嘩してしまい、そのままドロップアウト。大学院からいなくなりました。彼はその後、研究の世界から離れましたが、結婚もせず貧しい生活をしているそうです。

私の場合、塾業界で働いていましたが、大学院生であればそれなりの時給で雇ってくれるはずです。そこでキャリアを積んでおけば万が一何かあったとしても生きていけます。大学で非常勤講師をするという仕事もあるのですが、かなり不安定です。学校の都合でいきなり雇止めになるケースもあります。

また、非常勤講師になるためには非常勤講師をやったことがなければならないという謎ルールもありますので、いきなり非常勤講師をすることはできません。ここら辺は指導教官に力があると自分の授業をやらせるとかして、非常勤講師にしてくれる場合があります。それでも不安定であることは変わりがありませんが。

あと博士号はぜひ取ってくださいね。自分は取れなかったので仕方がないですが、今は博士号を持っているのが普通です。中にはひどい博士論文もありますが、博士号は博士号ですからね。取っておくべきでしょう。

4.大学院博士に進学して後悔はないか

大学院博士課程に進学したのに研究者にならずに後悔がないかというと不思議とありません。そもそもたいして研究できなかったし、研究がずっとできればいいなぐらいでしたから。ただ博士号取れなかったのは落ち込みました。分かっていましたけど、それでも辛いものです。ただ大学院で良かったのは勉強の仕方や物事の考え方を学べたことです。

勉強の仕方、特に本をどのように読むか、具体的には批判的に本を読むこと。ビジネスの世界でも批判的な思考は役に立ちます。それと物事を体系的に見ることができるようになったので、自分がいま行っている事業がこの業界の中で、どのような位置づけにあるのか、またどのような違いがあるのかなど説明できます。

こういうことが分かった時に「研究って無駄ではないんだな」と思いましたね。それはそうですよね、国際政治って社会科学ですから、社会に関することを研究しているわけです。ビジネスだって一緒。同じ見方でできるんですよね。ただ考えることはできるけど、それを実践に移すこと、さらに成功させるのが難しいのがビジネスです。今、そこで苦労しているところです。ただ人に進学を勧めるかどうかと言えば勧めないかな。

 

gerge0725.hatenablog.com

 

 

 5.今後の野望

 さて現在、教育関係の事業をしているので、仕事をしながら教育の勉強もしています。これ教育で博士号取れるくらいやろうかなと周りの人に話したところ、「それいいじゃん!!」と言われたので、それぐらい一生懸命やってみようと思います。実際に子どもたちのデータも取ることができますので、良い研究論文になるかな。まあそんなに甘くはないので、長期的な視野で。

あとビジネスも成功させたい。まだスタートしたばかり。社員も増えてきたので、支払いキツイ(笑)。

こんあ愚痴も出ますが、なんとか頑張りたい。そして子どもたちが少しでも前向きに生きてくれたらと思います。

それと教育事業をしているので、大学院生で働き口がない人に仕事を作りたいです。以下のような事件が起こるたびにそう思います。

福岡市東区九州大学箱崎キャンパスの火災で亡くなった卒業生の男性(46)は、2010年の退学後も常勤の研究職を目指していたが、非常勤職を“雇い止め”に遭うなどして困窮を深めた。家賃の支払いも滞り、肉体労働を掛け持ちして研究室で寝泊まりするようになった。そこに学舎の移転が重なる。「耐乏生活を強いられる」「経済破綻に直面」-。男性は親交のあった大学関係者に宛てたメールで、苦しい胸の内を訴えていた。

www.nishinippon.co.jp

 実際には私の知人も命を絶っています。非常勤講師を辞めることになり、人生に絶望したのかもしれませんが、本当のところは本人にしか分かりません。もうあれから10年以上経ちました。

gerge0725.hatenablog.com

 

大学に残るだけが博士課程を出た人の道ではありません。そうした人材を雇う事業をしたい。これもひそかな野望です。

 

 

まとめ

そんな感じで研究は終了し、ビジネスの世界で頑張っています。大学院博士課程は大変でしたが、自分の人生に必要なものでした。約10年という研究生活でしたが、そこに後悔はありません。このブログもせっかく再開したので、ぜひ応援よろしくお願いします。あと子育ても頑張りますよ。忘れてたけど、PTA会長もね。

 

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