いつか朝日が昇るまで

子育て、受験~ビジネス、夫婦関係まで日々考えたことなどを紹介するブログです。みなさんのこれからの人生のヒントになればと思います。

MENU

脱社畜界隈は責任を取れるのか

f:id:gerge0725:20190208101516j:plain

久しぶりの更新です。毎年、今年こそは以前と同じようにブログを書こうと思うのですが、なかなか難しいです。今年は頑張りますよ(笑)。

さて脱社畜界隈が相変わらすの感じですね。文春にまで批判されていました。まあしかし脱社畜なので、「まずは社畜になろう。それからフリーになろう」の方が言葉として正しくて、最初から「社畜になるな」だったら、これは別の言葉が必要ですね。フリーランスが正しいのかな。

bunshun.jp

それはさておき、会社員は自由が無くてフリーランスや自営業は自由だという言い方や、会社員は将来の可能性がなくて、フリーランスや自営業には可能性があるという二項対立はなんなんでしょうね。これが煽りだと指摘されても理解しない。敵か味方か、彼らにはそれしかないのでしょう。こういうのを見るとカールシュミットの「友敵理論」を思い出して、胸が熱くなります。

 

政治的なものの概念

政治的なものの概念

 

 

自分達の側の優位制を述べるために、相手側を徹底的に批判する。会社員の批判をして、「脱社畜しましょうね」というわけです。でもよく見てみると、会社員でも自由で楽しんでいる人はたくさんいます。若い人を見ていると、お金は会社からきっちりもらって自分の時間を大切にしています。

私は大学出てからずっとフリーランスですから、その大変さは分かっているつもりです。「お前が大変なのはお前の能力が無いからだ」という批判は甘んじて受けますが、少なくとも「脱社畜」という言葉を信じた人たちの面倒をしっかり見て欲しいと切に願います。「若者たちは情弱じゃない。自己責任だ」とか言わずに。

かつて宮台真司の言説に触れ、世の中に絶望し自死した人がいました。殺人鬼の映画を見た人間がみな殺人鬼になるわけではないのと同様に、氏の言説に触れた人がみな世の中に絶望して自死するわけではありません。ただそうした現状に自分なりに責任を取る必要があると思う。氏もそうした総括はしています。それに対する批判はあるかもしれませんが。

 

 ブログのように文字数が多くなると読まれない、まして本など読まないと言われ、ツイッターのように文字数が少なくなりました。そして次は動画。文字情報ではなく、映像の情報の方が多くの人に届く言われています。そこで繰り返される短いフレーズは分かりやすい一方で誤解をされやすいです。あとになって「そんなことは言っていない」と言っても理解はされません。

文が短くなればなるほど情報は少なくなるわけですから、誤解もされやすく、危険がともないます。情報を発信する側は特に気をつけなければならないところです。そうした危険性をどこまで理解しているのか、はたまた理解はしているが、あえてあおっているのかは本人でなければ分かりません。しかし、情弱であるかどうかは関係なく、自分たちの言葉で人生を決断した人たちがいるということだけは覚えておいてほしいです。これは金額が安いからいいとかではありません。

そんなことをフリーランス歴20年の私は思いました。まあ、今は会社役員なので、フリーランスなのかは微妙ですが(笑)。役員と言っても小さい会社で社員に給料払うと自分の給料は…。なんとか生きていきたいと思います。

 

スポンサードリンク