いつか朝日が昇るまで

30代・40代の働く皆さんに役立つネタを提供しています。

頑張っても報われない理由とそれでも頑張る理由

スポンサーリンク

f:id:gerge0725:20150728153022j:plain

皆さんは「頑張っても報われない」と思ったことがありませんか。それなのに努力しなければならないのは辛いということで悩んでいる人もいると思います。でも実際には努力が報われないということは意外と多いのです。今回はそんな話です。

頑張っても報われないなら努力しないでいい?

評価が低いなら、しょうがないですよ、でも、評価が高いのにも関わらず時給は上がらない。

でも、雇い主は何の遠慮もなく、僕に仕事を始めた時の能力とモチベーションを期待して来ます

そこで、出て来るのが冒頭の質問です。

「頑張っても報われないのになぜ努力するの?] 

この記事は鈴木こあら (id:suzukidesu23)さんの記事で知りました。鈴木さんは以下のように答えます。

頑張っても報われないのになぜ努力するの?」だけを切り取って答えるのなら、「好きだから」

それだけで良いんじゃないのかな?

  

この設問は『頑張っても報われない』と『それでもなぜ努力するのか』の二つに分けられます。『頑張っても報われない』状況というのはさまざまあるわけですが,そういう状況でも努力するにもいくつか理由があります。鈴木さんは以下の理由をあげています。

 

頑張る場合って以下の理由からの場合が多いと思う。

好きだから
理想・夢があるから
目的があるから
与えられた目的だから頑張る
お金を貰っている以上、頑張る

 

あと加えるなら生活のためというのがあります。報われるかどうかは関係なくて努力しなければお金が貰えず生活ができないのだから,努力せざるをえないわけです。それで鈴木さんの攻撃対象であります自称ミニマリストたちは『頑張っても報われないのだから努力しない』ことが許される状況にあり,「そんなに頑張っても仕方ない」として「頑張っている人」を否定するような発言が批判を招いたのでしょう。

努力に対してどれくらいの報酬があれば報われたと思うのか 

「50」頑張って「60」かせぐ人に対して,「「50」頑張っているのに「60」しかもらえないの?だったら「10」頑張って「20」かせげばいいよね」という主張があります。これはそうした状況が許される環境であれば良いですし,本当に「20」で生活できるようにしているのがミニマリストなのでしょう。

しかし,自称ミニマリストには「10」頑張って「100」稼ごうぜという人たちが多いように見受けられます。こういう人たちの『頑張っても報われないのになぜ努力するの?』という質問の前提は頑張らなくても稼ぐことができるということなんですよね。つまり『頑張らないで稼ぐ』という方向へ向かうということです 。

 

以前似たような話をしたことがあるけど、それは強者の理論だ!と言われたことがある。

いやいや、強者も弱者も関係ないし、本当の弱者は別のところにある。

本当の弱者は頑張るというステージにすら立てない人達のこと。

頑張るっていうステージに立てるのならもう弱者じゃないでしょ?

かなり多様化した社会で逆に若い人の一部は昔の社会に戻りたいのかな?

そんな風に思いました。

『頑張っても報われないのになぜ努力するの?』の答え - 鈴木です。

 

実際には「10」頑張って「100」稼ぐことの方が強者の論理なんですよね。そもそも頑張っても報われないけどやるしかないことが多いのが仕事なのですから。

 

頑張っても報われないなら、手を抜こうよ!というだけのことなのかな?と。

『頑張っても報われないのになぜ努力するの?』の答え - 鈴木です。

 

そしてそれでいて収入は現状維持,もしくはさらに稼ぎましょうという話です。だからこれだけ見ると鈴木さんの言うように『頑張っても報われないのになぜ努力するの?』という質問に答えておらず,結局『頑張らないで稼いだ方が良いよ』ということが言いたかったのだと思います。

 頑張らないで稼げる仕事はごく少数

世の中そんなに甘くなくて「10」頑張って「100」稼ぐって継続するのがとても難しいんですよね。それでブログが「10」頑張って「100」稼ぐことを可能にするような話を聞くと本当に危うさを覚えてしまいます。私は「50」頑張って「60」稼いでいる人が「70」稼ぐことができるようにしてあげたいなと思いますが。これは20年間アルバイトで生計を立ててきた私の結論です。

 

 

www.gerge0725.work

www.gerge0725.work

さいごに

 私自身も頑張っても報われないと思うことはあります。しかし、だから頑張らないとはなりません。つまり頑張るには報酬という結果以外の理由があるということです。それは自分が好きなことなのかもしれません。社会に評価されるからかもしれません。

もっと多くの評価基準で努力を判断していった方が、気が楽に生きることができるのかなとも思います。